芸術作品というのは、「よくここまでやったな」という「労力」を評価するものではない。労力をかければ誰にでもできることではなく、「これは、こいつにしかできない」と見た人に思わせるものでなくてはならない。
(中略)
 自分のことを棚に上げて書いているが、1ついえることは、複雑なものほど作りやすい、褒めてもらえる作品ほど作りやすい、ということだろう。そういったものは、労力と時間さえかければ、ある程度は誰にでもできる。しかし、美はそこにはない。

http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2008/01/post_1670.php

これはほぼ同意。
山田さんが、もっと極端なことを言う。さすがにそれは全面的に同意はしかねる、というくらい極端なことを言う。「人間ができることは全部凄くない」とか言う。サッカーのスーパーゴール特集見て思わず「すごいっ」って言ったくせに。聞きとがめて「あれも人間がやってるのに凄いの?」と問えば「いややっぱり凄くない」と前言撤回する山田さんは、自分の素直な感想よりも持論を堅持するひとだった。(それもどうかなぁ)
山田さんの持論は「人間が」と大きすぎる括りで物事を語っている点と、「凄い」の評価基準が明確じゃない点が大きな弱点だと思う。小さな弱点ならまだあるけど。「労力と時間さえかければ、ある程度は誰にでもできる」、ここまでは良いんだけど、更にそこから「だから凄くない」と結論するあたりが、どうにも私には短絡すぎるように思える。
まあ、何を凄いと思うかは人それぞれの基準があって良いと思うので、特に反論はしないんだけど、私が「凄いなぁ凄いなぁ」と感嘆感心しているところに水を差すのはあまりにもKYだと思うのだ。
ああ、もしかしたら「凄い」って、とても高い評価なのかもしれないな、山田さんにとって。私の「凄い」はそれほどハードルが高くない。凄いけど、でも○○だ、と同時にマイナス評価も出来る。例えば暗算が速くて正確な人は凄いと思うけれど、でも、電卓で良いじゃん…と思う。ややこしい暗算するような工作しないし。そういうのコンピュータにやらせといて人間の脳はもっと別の事に使えば良いのに。だから、凄いけど、凄いだけだ。
そのハードルを越えられないくらい、山田さんの好きなイラストレータさんは凄くないのかな。山田さんの好きなスポーツ選手は凄くないのかな。山田さんクラシックも聞くけどバッハやモーツァルトは凄くないのかな。
何を凄いと思うのかは人それぞれ基準(ry


あんまり日記のネタにすると怒るかな?(笑) でもそんな文句言うのなら恋人の日記くらい読んでからにしてもらいたいよね。恋人の日常にそんなに興味ないかねぇ…。読まれたい訳じゃないけどさ。むしろ呆れられそうだから読まないほうが身のためかもしれない。
今日あいさつにきた来春採用予定の大学生がナイス眼鏡の好男子だった、とか下らん事ばっかり書いてるもんな。すごい、もう、絵に描いたようなナイス眼鏡だった。しかもスーツに黒髪(ちょっと長め)。イケメンとかいうそういう軽い感じじゃなくて「好男子」。ああ大学生か…。若いなぁ。いーなぁ。
ナイス眼鏡君はバイトとして明日から調査の現場に入るらしい……。大変だなぁ。立春とはいえまだまだ外は寒いよ。がんばってね…。あんまり会うこともないだろうけど。